たびしタイ

100年以上続く大企業でサラリーしてるけど、旅やゲストハウスや新しいことが好きで変態だよ。

旅を通じて、日本がもっとこうあって欲しいと感じたこと4つ

 

こんにちは!土曜日に歯の手術をして休養中のタニです。
みなさんは、「(社会が)もっとこうだったらいいのにな」とか、「ちょっと窮屈だな」と感じることありますか?意識しないとあまり感じないことかもしれませんが、私は旅に行って明確になることがあったので、今回の記事でまとめてみます。

 

 

政治・経済的意見を普段からディスカッションできたらいい

 日本では、自分の政治的意見を語ると、「思想」として捉えられるなぁ、と感じることがよくあります。

私は旅に出る前、政治的意見を主張する人に出くわすと、「あの人なに熱く語ってんの?変な人「政治のディスカッション?うわーお硬っ」そんなふうに思っていました。 

しかし、フィリピンの孤児院に滞在した際、その価値観は180℃変わりました。

国民が困窮していて、孤児院の子どもも増えてしまう原因は、腐敗した政治と、富の再分配がなされていない経済に原因があることを知ったからです。

フィリピンだけでなく、日本にもたくさんの社会問題が存在しています。だって、みなさん普通に生活していて、違和感を感じる事ってありますよね?

例えば、バイトの時給が安いとか、同性を愛しているけど結婚が認められないとか、将来年金は国に頼れるのだろうか、とか。

それに対して、当たり前だと思って何もしない、あるいは見て見ぬふりを続けたら、状況は変わらない、もしくは悪化していきます。

自分一人の考えや行動では何も変えられないかもしれませんが、ディスカッションをして、いろんな人の考えを知り、組み合わせ、皆が自身の意思をを深められれば、民主主義の原理として、政治が変わり、経済も変わります

より過ごしやすく幸せな社会をつくるために、老若男女問わず、もっとディスカッションできる雰囲気になるといいですね。

 

自分の意見をはっきり述べられたらいい

上記のことにも似ていますが、空気を読む文化を重視してか、なんだかんだ言って平和だからか、自己主張が苦手、もしくは嫌いという人が多いと思います。私も昔は、強すぎる自己主張が嫌いでした。理由は、自分がうまく自己主張できないから。主張できる人がうらやましかったんですね。

 けど、旅、人との触れ合い、そして就活も通じて感じたことは、「主張や夢、自分の意見がある人間の方が、印象に残るし面白い」ということ。そして、何も考えていない自分に気付き、「自分の意見がないことは、恥ずかしいこと」とさえ思うようになりました。わからなかったら「わからない」も、立派な自己主張です。

自己主張、すなわち自分をオープンにすることのメリットは、

1.会社では、この人はこういう人だと思ってもらえ、休みがとりやすくなったり、やりたい仕事ができるようになる(対立を恐れないor上手くやる必要あり)

2.自分の興味のあるイベントや企画に誘ってもらえる

3.欠点もさらけ出すことで、人から好いてもらえる

4.気が合わなそうな人と、適度な距離感を保てる

5.仲間や支援者を増やし、自分の目標・夢を達成することができる

 

デメリットは、万人から好かれなくなること?けど、これもめんどくさい人間関係を避けられるので、メリットな気が。私は、これら全部を享受できているわけではないですが、私よりもっと主張の強い人たちを見て、上記のことが共通しているなぁと感じます。

これは、決して肩書きとか、自分がどれだけすごいんだぞ!っていう主張ではないです。自分自身が、”わがまま(我のあるがまま)”に生きるための主張です。

 

恋愛して幸せになるのではなく、自分で自分を幸せにする意識

私は旅を通じ、「人生って、恋人がいなくてもサイコ―じゃん!」と心の底から感じました。

しかし、日本人の友人と会話をしていると、「早く結婚して幸せになりた~い」とか、「彼氏つくって恋愛楽しみたい!」という意見をよく聞きます。否定はしないんですが、そのたびに思うことは、「パートナーがいないと楽しくないの?幸せになれないの?」ということ。

言い切れます、独りでも幸せが1無い状態はおかしいです。

そして、もしパートナーがいると、その幸せが1.5になるのが健全な恋愛。

パートナーがいないと幸せが0.5になってしまうのは、自分自身の人生に満足していない、もしくは相手に依存して自立が妨げられている恋愛です。

日本の女子たち~、自分を幸せにできるのは、自分だけだぁ!

自分を幸せにするために、もっと新しいことにチャレンジしよ~!

 

新しいモノをどんどん取り入れる

 正直、海外の先進的な技術やモノを受け入れることに関して、日本は遅れているな…と感じます。

例えば、キャッシュレス化が進む世界に対して、ビットコインやモバイル精算がまだ浸透していない点だったり(徐々に利用されつつあるが)、海外にいくと日本では見たこともない機器やシステムを使いこなす人によく遭遇する点だったり。その度に、「あ、このまま国内だけの市場で競争を続けていても、世界には置いていかれるんだろうな。」と、思ってしまいます。

日本人(私も含む)、日本の企業(特に影響力のある大企業)は、発想やアイデアをもっと世界から借りていいんじゃないでしょうか。

もしくは、若い人や新人の意見をもっと取り入れてもいいんじゃないでしょうか。

その発想や目線を踏まえた上で、意思決定の速い、社会問題を解決しうるビジネスを、今後の日本のために展開していくべきではないでしょうか。

 

ただ、これは、直接世界に出てビジネスをしたわけではなく、旅を通じて得た所感です。今後、ビジネスや旅を通じて、もっと学び深く考えていけたらいいなと思っています。

 

まとめ

 いかがでしたでしょうか。以上のことは、私が日本の友人と話したり、企業に勤める中で、たびたび感じる窮屈さや違和感です。

現在、文科省を筆頭とし、変化の激しい時代を生き抜く素質や能力を育成するための「主体的・対話的で深い学び」が、教育業界でどんどん進んでいます。これからの時代、自分の意見をもつことや、社会に流されず芯を持って生きることが必要となることは明白でしょう。

  私たちも、自らの意見を論理的に主張し、人生や未来を切り拓いていく、子どもたちのお手本となれる大人にならないといけませんね。